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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3286号 判決 1966年6月29日

原告 株式会社 鈴藤商店

右代表者代表取締役 夏目吉雄

<ほか四名>

右原告等訴訟代理人弁護士 佐野公信

被告 日綿実業 株式会社

右代表者代表取締役 矢野良臣

右訴訟代理人弁護士 長尾章

同 野原泰

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一申立

(一)  原告等の申立(請求の趣旨)

一、被告は、(1)原告株式会社鈴藤商店に対し金一八四万三、六〇〇円、(2)原告数矢製材株式会社に対し金二三六万九、二六四円、(3)原告株式会社佐塚実商店に対し金一二七万二、三八九円、(4)原告有限会社鶴岡商店に対し金一三〇万七、九八〇円、(5)原告愛別ベニヤ株式会社に対し金四二八万七、六九〇円およびこれらに対する昭和四〇年五月一一日より完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告の申立

主文と同旨の判決。

第二主張と答弁

(一)  原告等の主張(請求の原因)

一、被告から訴外山源興業株式会社(以下「訴外会社」という)へのラワン丸太売渡と訴外会社から原告等への同丸太の売渡について。

1、被告は昭和三九年一一月一〇日その輸入にかかるフィリッピンラワン丸太四三〇本、九二四立方米五五三(同年一〇月三一日東京港入港の第二満寿美丸に積来)を訴外会社に代金一、〇四一万七、八六三円で売渡した。

2、訴外会社は同年一一月一四日被告より買入れた右ラワン丸太のうち、(イ)五四本、一二三立方米五一八を代金一四五万三、〇〇〇円で原告株式会社鈴藤商店(以下「原告鈴藤商店」という)に、(ロ)八〇本、一八六立方米六六三を代金二一九万七、〇二四円で原告数矢製材株式会社(以下「原告数矢製材」という)に、(ハ)四〇本、八五立方米一三一を代金一〇〇万一、九九二円で原告株式会社佐塚実商店(以下「原告佐塚商店」という)に、(ニ)四〇本、八七立方米六五三を代金一〇三万一、六七六円で原告有限会社鶴岡商店(以下「原告鶴岡商店」という)に、(ホ)一三六本、二八五立方米四四八を代金三三三万九、七四二円で原告愛別ベニヤ株式会社(以下「原告愛別ベニヤ」という)にそれぞれ売渡し、かつ右買主である原告等を荷渡先として右ラワン丸太の保管先である訴外東京港木材倉庫株式会社(以下「訴外東京港木材倉庫」という)宛の荷渡指図書を原告等に交付した。

二、原告等買入にかかる右ラワン丸太の被告による不法処分について。

前述のとおり原告等は訴外会社よりラワン丸太を買受け、原告数矢製材のみは昭和三九年一一月二一日右買受ラワン丸太のうち二〇本を訴外東京港木材倉庫の保管材出入の下請人たる訴外東京港筏株式会社(以下「訴外東京港筏」という)および同東京木場筏株式会社の手を経て現実に入手した。しかして、右原告のその余の買受ラワン丸太六〇本、原告鈴藤商店の右買受ラワン丸太五四本、原告佐塚実商店の右買受ラワン丸太四〇本、原告鶴岡商店の右買受ラワン丸太四〇本および原告愛別ベニヤの右買受ラワン丸太一三六本、以上合計三三〇本は、前記第二満寿美丸が昭和三九年一一月一日東京港に入港以来、原告等が買受後も訴外東京港筏の材木保管場所たる東京都江東区深川有明町貯木場の水面に保管されていて、それぞれ所有者である原告等において現実に引渡しを受けるべきこととなっていた。(その具体的事情および法律関係については後記(三)参照)。しかるに、右引渡前の同年一二月二三日被告は不法にもすでに原告等の所有に属している前記ラワン丸太合計三三〇本を訴外津田産業株式会社(以下「訴外津田産業」という)に売却し、即日同訴外会社に現実に引渡しを了し、原告等のラワン丸太に対する所有権を侵害した。

三、被告の右不法行為によって原告等の受けた損害について。

被告の前記不法行為があったため、原告等の受けた損害はつぎのとおりである。

1、原告鈴藤商店関係

(イ)右原告は被告の不法行為がなかったならば、買受ラワン丸太五四本の転売、製材などによって買入価格一四五万三、〇〇〇円の一割五分相当の利益が得られたはずである。それで、右の得べかりし利益の喪失金二一万七、九五〇円に買入価格を加算すると計一六七万〇、九五〇円となる。(ロ)同原告はまた右ラワン丸太の入荷を予定して販売計画を立てていたところ、被告の右不法行為のため急ぎ他からラワン丸太を入手せねばならぬことになり、そのため割増買を余儀なくされ、その買入によって生じた損害は右買入価格の五分に相当する金七万二、六五〇円であった。(ハ)同原告は被告の本件不法行為によって受けた損害賠償請求訴訟を提起するにつき、名古屋弁護士会所属弁護士に訴訟委任をしたが、その際に手数料として金一〇万円を支払った。(ニ)したがって、右原告の受けた損害額は以上合計一八四万三、六〇〇円である。

2、原告数矢製材関係

(イ)右原告は被告の不法行為がなかったならば、買受ラワン丸太六〇本の買入価格二一九万七、〇二四円の一割五分相当の利益が得られたはずである。それで、右の得べかりし利益の喪失金二七万四、九〇八円に買入価格を加算すると計二一〇万七、六二八円となる。(ロ)同原告はまた右ラワン丸太の入荷を予定して販売製材計画を立てていたところ、被告の右不法行為のため急ぎ他からラワン丸太を入手せねばならぬことになり、そのため割増買を余儀なくされ、その買入によって生じた損害は右買入価格の五分に相当する金九万一、六三六円であった。(ハ)同原告は被告の本件不法行為によって受けた損害賠償請求訴訟を提起するにつき、名古屋弁護士会所属弁護士に訴訟委任をしたが、その際に手数料として金一七万円を支払った。(ニ)したがって、右原告の受けた損害額は以上合計二三六万九、二六四円である。

3、原告佐塚実商店関係

(イ)右原告は被告の不法行為がなかったならば、買受ラワン丸太四〇本の転売製材などによって買入価格一〇〇万一、九九二円の一割五分に相当の利益が得られたはずである。それで、右の得べかりし利益の喪失一五万〇、二九八円に買入価格を加算すると計一一五万二、二九〇円となる。(ロ)同原告はまた右ラワン丸太の入荷を予定して販売製材計画を立てていたところ、被告の右不法行為のため急ぎ他からラワン丸太を入手せねばならぬことになり、そのため割増買を余儀なくされ、その買入によって生じた損害は右買入価格の五分に相当する金五万〇、〇九九円であった。(ハ)同原告は被告の本件不法行為によって受けた損害賠償請求訴訟を提起するにつき、名古屋弁護士会所属弁護士に訴訟委任をしたが、その際に手数料として金七万円を支払った。(ニ)したがって、右原告の受けた損害額は以上合計一二七万二、三八九円である。

4、原告鶴岡商店関係

(イ)右原告は被告の不法行為がなかったならば、買受ラワン丸太四〇本を他に転買して買入価格一〇三万一、六七六円の一割五分相当の利益が得られたはずである。それで、右の得べかりし利益の喪失金一五万四、七二一円に買入価格を加算すると計一一八万六、三九七円となる。(ロ)同原告はまた右ラワン丸太の入荷を予定して販売計画を立てていたところ、被告の右不法行為のため急ぎ他からラワン丸太を入手せねばならぬことになり、そのため割増買を余儀なくされ、その買入によって生じた損害は右買入価格の五分に相当する金五万一、五八三円であった。(ハ)同原告は被告の不法行為によって受けた損害賠償請求訴訟を提起するにつき、名古屋弁護士会所属弁護士に訴訟委任をしたが、その際に手数料として金七万円を支払った。(ニ)したがって、右原告の受けた損害額は以上合計一三〇万七、九八〇円である。

5、原告愛別ベニヤ関係

(イ)右原告は被告の不法行為がなかったならば、買受ラワン丸太一三六本を製材することによって買入価格三三三万九、七四二円の一割五分相当の利益が得られたはずである。それで、右の得べかりし利益の喪失金五〇万〇、九六一円に買入価格を加算すると計三八四万〇、七〇三円となる。(ロ)同原告はまた右ラワン丸太の入荷を予定して生産計画を立てていたところ、被告の右不法行為のため急ぎ他からラワン丸太を入手せねばならぬことになり、そのため、割増買を余儀なくされ、その買入によって生じた損害は右買入価格の五分に相当する金一六万六、九八七円であった。(ハ)同原告は被告の本件不法行為によって受けた損害賠償請求訴訟を提起するにつき、名古屋弁護士会所属弁護士に訴訟委任をしたが、その際に手数料として金二八万円を支払った。したがって、右原告の受けた損害額は以上合計四二八万七、六九〇円である。

四、被告の責任について。

被告は原告等が前記ラワン丸太を訴外会社より買受けその所有権を取得したものであることを知りながら、これを訴外津田産業に売却しこれを引渡し、故意に原告等の右ラワン丸太についての所有権を侵害したのであるから、それによって原告等の受けた前記損害全部を賠償すべき義務がある。

よって、原告等は被告に対し請求の趣旨に記載の判決を求めるため本訴におよんだ。

(二)  原告等の主張に対する被告の答弁および事情

一、請求の原因第一項の1のうち、被告が昭和三九年一一月一〇日訴外会社との間に原告等主張のとおりの売買契約を締結したことは認めるが、右契約の目的物たるラワン丸太四三〇本を訴外会社に引渡したことは否認する。同項の2のうち、被告が第二満寿美丸積来分のラワン丸太の保管を委託した先は、訴外東京港筏である、その余の事実は不知。

二、同第二項のうち、右ラワン丸太が訴外東京港筏の材木保管場所たる東京都江東区深川有明町貯木場の水面に保管されていたこと、および被告会社が右ラワン丸太のうち四〇本を除くその余の丸太、すなわち、三九〇本を昭和三九年一二月二三日訴外津田産業に売却し、即日これが引渡を了したことは認め、被告が不法処分したことは否認、その余の事実は不知。

三、同第三項のうち、被告が原告等のラワン丸太の所有権を侵害したとの点および被告に不法行為があったとの点は否認し、その余の事実は不知。

四、同第四項のうち、原告等の主張するラワン丸太を含む三九〇本を訴外津田産業に売却し、これを引渡したことは前述のとおりであるが、その余は争う。

五、(被告の主張する事情)

(1) 被告は南洋材を輸入しこれを国内において販売することもその営業目的の一つとする会社であって、これまで訴外会社に対しても輸入木材を販売していたが、昭和三九年一一月一〇日被告を売主、訴外会社を買主として両者間でつぎのとおりの売買契約を締結した。

(イ) 売買物件 フィリッピンラワン丸太(昭和三九年一〇月三一日東京港入港第二満寿美丸積来分)四三〇本、九二四立方米五五三。

(ロ) 代金 一、〇四一万七、八六三円。

(ハ) 代金支払条件 訴外会社は被告に対し、契約締結後直ちに、支払期日を昭和四〇年四月一日とする約束手形を振出交付する。

(ニ) 物件の引渡 被告は訴外会社より右(ハ)の約束手形の交付を受けた後、同会社からの引渡請求がある都度その請求数量を訴外東京港筏に出荷依頼をして引渡す。

(ホ) 契約解除の特約 訴外会社がこの契約を履行しないとき又は同会社が被告との間の従来の取引によって負担した被告に対する債務を履行しないときは、被告は催告などの手続を要しないで直ちにこの契約を解除できる。

(2) しかして、訴外会社は被告に対し、右同年一一月一三日に前項の約束手形を振出交付したうえ、同年同月一六日頃買受丸太のうち四〇本だけの引渡を請求してきたので、被告はその頃これに応じて右四〇本を訴外東京港筏に出荷依頼をして訴外会社に引渡した。

その後、訴外会社より被告に対しその余の丸太についての引渡請求がなかったが、同年四月二〇日訴外会社は被告との間の従来の取引にもとづき、被告に対し振出交付していた約束手形二通、額面金額合計一、三一一万七、五〇〇円を不渡にし、債務の不履行のまま倒産した。

(3) そこで被告は、前記第一項(ホ)の特約にもとづき、本件売買契約を即時に解除しうる解除権を有するにいたったのであるが、訴外会社に対し前記売買代金を右同月二五日までに現金で支払うときは解除権の行使をしないけれども、右期限までに支払わないときは契約は当然に解除する旨の意思表示をしたところ、右意思表示は同月二四日訴外会社に到達した。しかるに訴外会社はこれに応じなかったので、本件売買契約は同月二五日限り解除された。したがって、すでに訴外会社に引渡済の四〇本を除く三九〇本のラワン丸太についての所有権は被告に復帰するにいたった。

それで被告は、同年一二月二三日訴外津田産業に対し右ラワン丸太三九〇本を売却し、同日出荷依頼書によってこれが引渡を了したのである。

(4) 以上の次第であるから、仮に原告等と訴外会社との間にその主張のような売買があったとしても、原告等はその売買の目的物たるラワン丸太の引渡を受けておらず、また被告は上記事実からみて原告等の主張するラワン丸太の所有権につき、引渡の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に該当することが明白である。

したがって、原告等が右ラワン丸太の引渡を受けその所有権を有することを前提とする本訴請求は、その所有権自体が第三者たる被告に対する対抗要件を欠いているのであるから、その他の点を問題とするまでもなく、理由がないというべきである。

(5) 原告等は後述のとおり(後記(三)の(1)参照)、訴外会社より原告等に対してその買受丸太が筏に組まれ、これを特定したうえ、荷渡指図書にもとづき引渡がされたというが、荷渡指図書の作成交付される以前に筏が組まれていたのみならず、筏を組むことは引渡の準備行為としてされたにすぎず、引渡それ自体ではないし、訴外会社が右荷渡指図書を発行した昭和三九年一一月一四日には未だ代金を受領しておらず(原告等がその代金を支払ったのが同年同月一八日であることが証拠上明らかである)極めて奇異なことである。いずれにしても、訴外会社の発行した右荷渡指図書によって原告等がその主張にかかるラワン丸太の占有引渡を受けたことにはならず、またその事実を立証しうる証拠となるものではない。

なお、本件ラワン丸太の取引当時、訴外会社のような木材問屋と被告のような貿易商社との間に輸入木材の売買契約が成立すれば、出荷依頼書、荷渡指図書その他の書面を必ずしも必要とせず、商社が電話、口頭をもって実際の保管局である木材倉庫(本件にあっては訴外東京港筏)に指図をすれば受渡を行い、それによって引渡を了している取扱も存在した。しかし、本件にあっては、被告が前記のような書面はもとより電話、口頭による受渡の指図をした事実はないから、訴外会社もしくは原告等がその主張にかかるラワン丸太を占有する(引渡を受ける)いわれがない。

(三)  被告の主張する事情前記(二)の五参照に対する原告等の反論

(1)  被告は前記(二)の五の(1)で、本件ラワン丸太の引渡については、被告が訴外会社より約定にもとづく約束手形の振出交付を受けた後、同会社から引渡請求がある都度その請求数量を訴外東京港筏に出荷依頼をして引渡す旨の契約が締結されていたと主張する。

しかし、被告と訴外会社との間に成立した昭和三九年一一月一〇日付売買契約についての契約書(甲第一号証の一)には、明確に売買物件の受渡期限につき「昭和三九年一〇月三一日東京港入港第二満寿美丸積来分」と明記し、受渡場所につき、「東京都貯木場渡し」と記載しており、また被告より訴外会社に対する昭和三九年一一月一四日付の請求書には請求金額を金一、〇四一万七、八六三円、ただし東京都貯木場渡し、同四〇年四月一日満期の約束手形で決済せられたい旨が付記されている(甲第一号証の二)。右のように売買契約に際して作成された契約書に受渡期限とか受渡場所とかがあるが、そこで「受渡」というのは売買の目的物件たる本件ラワン丸太の引渡を指称するにほかならず、その引渡はいわゆる指図による占有移転(民法一八四条)のあったことを意味するのである。すなわち、被告は訴外東京港木材倉庫の東京貯木場に預託してある第二満寿美丸積来の本件ラワン丸太を訴外会社に売渡し、被告はそれ以後訴外東京港木材倉庫において訴外会社のため右丸太を保管すべき旨を命じ、買主たる訴外会社にそれらの占有権を引渡し該所有権移転の対抗要件たる占有を取得させたのである。さればこそ、訴外会社は本件ラワン丸太の昭和三九年一一月末日までの保管料を負担したのである。

かようにして、訴外会社は昭和二九年一一月一四日被告から買受けたラワン丸太を請求の原因第一項の2に記載のとおり原告等に売渡したのである。しかして、訴外会社から原告等への右ラワン丸太の売却に際しては、右貯木場において売主たる会社と買主たる原告等の立会のもとにそれぞれ売買の目的物件を筏に組み、これを特定したうえ売主より買主に占有を引渡し、以後訴外東京港木材倉庫は右ラワン丸太の買主にして、これが占有の引渡を受けた原告等のためこれを保管していたのである。これらの事情は、右売買に際して訴外会社より原告等に対して出された請求書に各買受ラワン丸太の筏番号、本数、材積が具体的に記載されており、訴外会社が原告等にその代金領収証を出していることによって明らかである。

(2)  被告は前記(二)の五の(3)で、被告と訴外会社との間の前記売買契約を昭和三九年一一月二五日に解除したから、売買の対象となったラワン丸太のうち引渡済の四〇本を除く三九〇本(原告等主張の三三〇本を含む)につき、その所有権が被告に復帰したと主張する。

しかしながら、本件については右主張は失当である。すなわち、(イ)民法五四五条一項本文の定めるところにより売買契約が解除された場合には、その目的物件の所有権が売主に復帰することには異議がないが、同条一項但書により右解除の効果は第三者の権利(所有権、賃借権その他)には及ばず、これを害することは許されないところである。(最高裁判所昭和三三年六月一四日第一小法廷判決参照)。(ロ)本件についてこれをみれば、原告等は被告による訴外会社に対する前記売買契約の解除の効果が生じたのは昭和三九年一一月二五日であると主張するが、原告等は前述のとおりそれより前の同年一一月一四日訴外会社より各自本件ラワン丸太を買受けすでにその引渡を受けていたのであるから、当然に民法五四五条一項但書の第三者に該当する。されば被告の訴外会社に対する前記売買契約の解除にもかかわらず、原告等の買受丸太の所有権には、何らの消長もない。(ハ)したがって、被告による本件ラワン丸太の売却処分は、原告等の右丸太に対する所有権の侵害にほかならず、刑法の横領罪にも該る不法行為である。

(3)  被告は前記(二)の五の(4)で、原告等が訴外会社よりその買受ラワン丸太の引渡を受けていないから、該丸太の所有権取得を第三者たる被告に対する対抗要件を欠くとしているが、その当らざることは前述のとおりである。被告は訴外会社に対する自己の債権擁護に急のため、商業道徳などは眼中になく本件不法行為を敢えてしたのであるが、これは一つの経済暴力といっても過言ではなく、その主張するところは、余りにも事実と実際の契約から遊離した独断の所説というほかはない。

また被告は前記の(4)で、原告等が訴外会社より買受けた本件ラワン丸太について主張する所有権につき、引渡の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に該るとして、原告等の右所有権が第三者である被告に対し対抗要件を欠くと述べている。

しかしながら、(イ)民法一七八条にいう引渡しとは、当事者の一方がその実力的支配にかかる物件を他の一方の実力的支配に移属させることをいうのであって、引渡の有無は事実問題だけでなく、法律は引渡の方法につき何ら規定するところがなく、当事者は適宜な方法をもってすることができる。それは単に方法のいかんによって断ずべきではなく、要は目的物件が一方より他方の実力支配に移った事実があるかどうかに存するから、実際の事情を斟酌し社会通念によって定めるべきであり、もしその事実があれば引渡があったものというべきである(大審院大正九年一二月二七日判決参照)。(ロ)また右同条にいわゆる引渡に指図による占有移転を含むことは当然である(東京控訴院大正六年一〇月二〇日判決参照)。(ハ)同一動産につき、数人が相次いで売買契約を締結し、その所有権が数人の間に順次移転した場合には、その前後の所有権者に対しては、その前主以外の先権利者といえども、該物件につき法律上保護すべき特別な利益を有しない限り、該動産の引渡の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者ということはできず、民法一七八条にいわゆる第三者に該当しない(大審院大正一四年一二月二五日判決参照)。(ニ)したがって、被告の前記主張もまた本件については失当というべきである。

第三証拠関係 ≪省略≫

理由

一、被告が昭和三九年一一月一〇日その輸入にかかるフィリッピンラワン丸太四三〇本、九二四立方米五五三(同年一〇月三一日東京湾入港の第二満寿美丸に積来)を訴外会社に代金一、〇四一万七、八六三円で売渡す旨の契約を締結したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、前示ラワン丸太を買受けた訴外会社が昭和三九年一一月一四日頃該ラワン丸太のうち、(イ)五四本、一二三立方米五一八を代金一四五万三、八〇七円で原告鈴藤商店に、(ロ)八〇本一八六立方米六六三を代金二一九万七、〇二四円で原告数矢製材に、(ハ)四〇本、八五立方米一三一を代金一〇〇万一、九九二円で原告佐塚実商店に、(ニ)四〇本、八七立方米六五三を代金一〇三万一、六七六円で原告鶴岡商店に、(ホ)一三六本、二八五立方米四四八を代金三三三万九、七四二円で原告愛別ベニヤにそれぞれ転売したことが認められる。また右ラワン丸太の保管されていた場所が訴外東京港筏の材木保管場所である東京都江東区深川有明町貯木場の水面であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、原告数矢製材が買受丸太の一部を早急に引取ることを希望したため、訴外会社が、保管先の訴外東京港筏にこれを要求したところ、同訴外会社は保管委託者の被告会社の同意を得たうえ、昭和三九年一一月二一日頃そのうち二〇本を訴外会社に引渡したことが認められる。したがって訴外東京港筏は、右同日以後においては、原告等の買受にかかるラワン丸太の残余三三〇本を保管していたわけである。

ところで、被告はその後訴外会社との間における本件ラワン丸太の売買契約を解除し、その所有権が被告に復帰したと主張するので、以下これを審案する。≪証拠省略≫を総合すると、被告と訴外会社の間において本件ラワン丸太の売買契約を締結するにあたり、その条件として、(イ)買主の訴外会社は買受代金一、〇四一万七、八六三円の支払にあてるため、売主の被告会社に対し、契約成立後直ちに支払期日を昭和四〇年四月一日とする約束手形を振出交付すること、(ロ)訴外会社が当該契約を履行しないとき、または訴外会社が被告会社に対する債務(ここにいう「債務」は前段にてらし、当該売買契約以外の契約を原因とする債務の趣旨であると認定する)を履行しないときは、被告会社は催告などの手続によらず該契約の全部または一部を解除することができる旨の特約が付されていたこと、訴外会社は右認定にもとづき昭和三九年一一月一三日頃被告に対し額面五〇〇万円二枚、額面四一万七、八六三円一枚、支払期日はいずれも同四〇年四月一日とする約束手形合計三枚を振出交付したこと、しかるところ訴外会社は業績不良のため昭和三九年一一月二〇日、被告との間の従来の取引にもとづき被告に対し振出交付していた約束手形二通、額面金額合計一、三一一万七、五〇〇円を不渡にし、債務不履行のまま倒産したこと、そこで被告としては前示(ロ)の特約にもとづき、本件売買契約を催告手続を要しないで即時解除しうることになったが、なお念のため訴外会社に対し同年同月二一日付の内容証明郵便による書面をもって、前記売買代金を同年同月二五日までに現金で支払うときは解除権の行使をしないけれども、右期限までに支払をしないときは契約は当然に解除する旨の意旨表示をしたところ、右書面は同年同月二四日訴外会社に到達したこと、しかるに訴外会社は右催告に応じなかったことが認められる。右認定の事実によれば被告と訴外会社との間の前示売買契約は昭和三九年一一月二五日の経過とともに解除されたものというべきである。そして、被告が前記ラワン丸太三三〇本を含む三九〇本を昭和三九年一二月二三日訴外津田産業に売却し、即日これが引渡を了したことは当事者間に争いがない。

二、以上の事実関係のうえに立って、果たして被告の前記ラワン丸太三三〇本の売却行為が原告等の所有権を侵害する不法行為を構成するか否かについて検討するに、右の事実関係からすれば、訴外会社は右ラワン丸太を被告より買受け、さらに同会社より原告等がこれを転買してその所有権を取得し、被告はいったん訴外会社に売渡した右ラワン丸太についての売買契約を解除することによってその所有権を復帰するにいたったとみることができる。したがって、原告等が主張するごとく、原告等が右ラワン丸太を買受後その所有権取得についての対抗要件である引渡を受けていたか否か、右ラワン丸太の所有権を取得した原告等が民法五四五条第一項但書の第三者に該当するかどうか、および被告が右ラワン丸太の引渡の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者に該当するか否かが問題となるので、以下これらの点について判断する。

(1)  まず原告等は、訴外会社との間の売買契約成立と同時に同会社は右ラワン丸太につきいわゆる指図による占有移転を受けていた、すなわち被告は訴外東京港木材倉庫の東京都貯木場に預託してある第二満寿美丸積来の本件ラワン丸太を訴外会社に売渡し、被告はそれ以後訴外東京港木材倉庫において訴外会社のため右丸太を保管すべき旨を命じ、買主たる訴外会社に右丸太についての占有を取得させ、さらに訴外会社は前示のとおり右丸太を原告等に売渡したのであるが、その際該丸太の貯木場において売買当事者立会のもとに売買の目的物件を筏に組み、これを特定したうえ売主に占有を引渡し、以後訴外東京港木材倉庫は右ラワン丸太の買主にして、これが占有の引渡を受けた原告等のために保管していたものであると主張する。しかしながら、(イ)証人堀越栄三郎の証言によれば、本件ラワン丸太が貯木場に到着後間もなく、これを筏に組みかえたが、それは輸入商社(被告)が買受予定者(訴外会社)の売却上の便宜のため、そのようにすることを認めているだけであって、それ自体では物件の引渡とみられないことが認められる。(ロ)本件ラワン丸太の取引当時、訴外会社のような材木問屋と被告のような貿易商社との間に輸入木材の売却契約が成立すれば、出荷依頼書、荷渡指図書その他の書面を必ずしも必要とせず、商社が電話ないし口頭をもって現実の保管者である木材倉庫(本件にあっては訴外東京港筏)に指図をすれば受渡を行い、それによって引渡を了している取扱の存在していたことは被告の自認するところである。(ハ)ところで、≪証拠省略≫を総合すると、本件ラワン丸太を被告より買受けた訴外会社において被告に対し直接これが引渡方を要求したことはなく(前示認定のとおりそのうち二〇本を除く)、したがって被告が右ラワン丸太を被告のために保管する訴外東京港筏に対しては、訴外津田産業に引渡方の指示をするまで、書面もしくは口頭で買受人ないしその他の第三者にこれが引渡方を指示し、または承諾をした事実がないこと、買主たる訴外会社が買受代金を支払えば被告の出荷指図書ないし荷渡指図書がなくても買取ったラワン丸太を他に転売その他の処分をすることは可能であったが、この場合現実に買受人又は転買人が訴外東京港筏にラワン丸太の引渡を求めるときは、保管委託者たる被告より右訴外会社に対し電話ないし口頭で受渡の指示があるか、もしくは右訴外会社より被告に受渡方の確認を求め、その承諾がなければラワン丸太を引渡さなかったことが認められる。以上の(イ)ないし(ロ)の事実によれば、被告は前示ラワン丸太三三〇本についての占有を訴外会社に引渡したこと、すなわち原告等が訴外会社よりその引渡を受けた事実はいずれも存在せず、かえって被告が当初より訴外津田産業にこれを引渡すまで引続き占有を継続していたものと認められ、≪証拠認否省略≫

(2)  つぎに売買契約の当事者の一方が解除権を行使したときは各当事者はその相手方に対して原状に復せしめる義務を負うが、この場合第三者の取得した権利を害し得ないことは民法五四五条一項の規定するところである。ところで、原告等は被告による訴外会社に対する本件ラワン丸太についての売買契約解除の効果が生じたのは昭和三九年一一月二五日であるが、原告等はそれより前の同年一一月一四日に訴外会社より各自本件ラワン丸太を買受けすでにその引渡を受けていたのであるから、右民法五四五条一項但書の第三者に該当すると主張する。思うに民法五四五条一項但書の第三者に該当するためには、当該第三者の取得した権利が契約解除によって利益を受ける者に対する対抗要件を具備していることを前提とするものと解すべきところ、前示認定のとおり原告等がその取得にかかるラワン丸太の所有権につきその対抗要件たる引渡を受けていないのであるから、右主張は失当というほかはない。

(3)  また数人が相次いで売買契約を締結し、その所有権が数人の間に順次移転した場合には、その最後の所有権取得者に対しては、その前主以外の先権利者といえども、該物件につき法律上保護すべき特別な利益を有しない限り、該動産の引渡の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者といえないことは原告等の論ずるとおりであるが、右にいわゆる所有権が数人の間に順次移転した場合とは、所有権の移転があり、しかもそれにつき対抗要件を具備する場合の趣旨であって、本件のごとく原告等が買受けたラワン丸太の所有権につき未だ対抗要件を有しなかった場合には妥当しないものと解するを相当とするから、この主張もまた採用することができない。

三、以上に説示したところによれば、被告が前示ラワン丸太三三〇本を他に売却し、これに対する原告等の所有権を失なわせたからといって、原告等が被告に対し右所有権をもって対抗することができないのであるから、被告において原告等が右ラワン丸太の所有権を取得したことを知っていたとしても、原告等から被告に対し右所有権喪失を原因とする損害賠償を求められないことは明らかである。よって、被告に対し右賠償金の支払を求める原告等の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当として棄却するほかはなく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣学)

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